ミュラー&シューベルト作「冬の旅」及び「美しき水車小屋の娘」より

 1.霜おく髪(「冬の旅」第14曲)

  恋人に見捨てられて町を立ち去り、ひとり漂泊の旅を続ける若者は、ある朝、自分の髪が白く輝いていることに気づいた。髪に霜が降っていたのだ。彼は、「俺はもう老人になっていたのか」と、この上なく喜んだ。しかし、やがて霜は溶け去り元の黒髪が現れた。彼は心から嘆いて言う。「俺は自分の若さが怖い。墓場まで何と遠い道のりだろう。多くの人が一夜にして白髪になったというが、そんな話は信じられるものか。だって、この辛い旅の道中で、俺には一度たりともそんなことは無かったのだから。」
 これは音域が11度もある難曲である。短い歌ながら、まるでオペラのアリアのように劇的である。ピアノ伴奏の響きと相まって、この曲に終始ただよう極めて陰鬱な雰囲気が、かえって得も言われぬ美と魅力を醸し出している。


 2.知りたがる男(「美しき水車小屋の娘」第6曲)

  あちらこちらの水車小屋を渡り歩きながら、粉引き職人の修業を続ける若者は、ある水車小屋に落ち着き、そこで働き始めた。親方に、一人の美しい娘がいたからである。若者は娘に一目惚れをしてしまった。そのときから、彼の身も世もない不幸な恋が始まる。この曲の聴きどころは、彼が小川に切々と訴えかける形で歌われるセリフである。「いとしい小川よ、黙っていないでどうか言っておくれ。ただの一言だけでいいのだ。彼女が僕を愛しているのか否か、イエス(Ja)かノー(Nein)か、それだけでいいから教えておくれ。この二つの言葉は僕にとっては全世界を意味するのだ。お願いだから言っておくれ。」だが、小川は黙して答えなかった。それは恋の破局を暗示しているのである。このセリフに付けられた旋律は、静かに語り始めて徐々に高まってゆく若者の感情を見事に表現しており、その美しさは例えようもない。


 3.水車屋の花(「美しき水車小屋の娘」第9曲)

  若者は、小川のほとりに咲き乱れている小さな青い花々を見つけた。彼の長い独白が始まる。「この明るい青は彼女の眼の色だ。だから、この花は僕のものだ。僕はこの花を彼女の部屋の窓の下にびっしりと植えよう。花よ、お前たちは僕の思いを知っているね。夜のとばりが下りて彼女がまどろむ頃、お前たちは彼女に囁きかけておくれ。僕のことを決して忘れないでほしいと。それこそが僕の思っていることなのだ。そして、朝が訪れ、彼女が窓を開いて顔を見せたら、お前たちは愛のこもった眼差しで彼女を見上げておくれ。お前たちの眼に宿っている露玉こそは僕が流した涙なのだ。」
  明るく軽やかなメロディを持つ非常に美しい歌である。けれども、ドイツ・ロマン派詩人ミュラーのこの詩は、何ともはや甘過ぎて、面映ゆいほどである。でも、天才シューベルトが気に入って作曲した歌なのだ。


(平成27年5月記す)

トップへ