卒研生寄稿 「宮原ゼミ 卒業アルバムの思い出」

三森 繁(昭和48年卒)

 「もしかしたら・・・」と思い押入れの奥を捜してみると、やはりありました。昭和48年度の「卒業アルバム」。 昭和40年代後半、学生運動はかなり下火になってきてはいましたが、 まだ学内には立て看が並び、時折ヘルメッ トを かぶった学生のアジ演説がむなしく響くような、そんな頃、私たちは卒業の年を迎えました。 川原ゼミの友人と相談して、学生時代の思い出に「卒業アルバム」を作ろうということになり、急遽、数学科の4年生に声をかけたのが夏休みも終わった9月になってからでした。
 各ゼミにアルバム制作委員を決めてもらい、ゼミの集合写真やスナップ写真などの収集をお願いしました。そんな作業の中、 全てのゼミが一同に会せるゼミ対抗のソフトボール大会をやろうという話が持ち上がり、葛飾区の江戸川河川敷グランドを苦労して予約しました。
映画「男はつらいよ」のオープニング・タイトルバックによく映し出されるあの河川敷です。ちなみに昭和48年の「男はつらいよ」はまだ11作か12作目の頃でした。 アルバムは見開き2ページに各ゼミの写真をレイアウトし、最後の2ページにはソフトボール大会のスナップと学園祭の様子を載せました。
 ソフトボールの試合終了後の打上げコンパの会場は、たしか「川甚」でした。今思うと、貧乏学生ばかりだったのに、よくそのような料亭でできたなと不思議ですが、たぶん教授方のご援助がかなりあったからできたのでしょう。


ゼミの夏合宿は福島県の磐梯スキー場近くの民宿でした。リクリエーションは磐梯山登山と猪苗代湖水泳の2班に分かれて行いました。宮原先生は登山組でした。しかし、装備の準備不足や炎天下にスキー場を徒歩で登るのはかなりきつく、結局八合目位までしか行けませんでした。でも、途中にあった弘法清水から湧き出る水の冷たさとおいしさは今でも忘れられません。


 卒業アルバムは通常前の年から準備し、いろいろ素材を集めて完成させるものですが、我々は9月から12月の4ヶ月足らずで仕上げたのです。アルバム制作委員の方々をはじめたくさんの方々のご協力の賜物と今更ながら感謝いたす次第です。そして今、その頃の若いエネルギーをこの古いアルバムから感じ取ることができるのです。








平成18年11月8日

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